ファーストクラスという世界
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ファーストクラスとは

多様化する空の旅

一般的に航空会社とは利用者から旅客運賃、貨物運賃など運送のための対価を徴収して、契約で締結された目的地まで旅客または貨物を、航空機で運送・輸送する組織のことをいいます。

また利用者は支払う対価によって、運送中の航空会社から受けられるサービスの提供について選ぶことができます。

近年、人々のライフスタイルが多様化しており、旅行のスタイルも実に様々です。

航空会社ではマイレージサービスで蓄積された顧客データを基に、様々なニーズに応じた旅客サービスを提供しています。

PEX(回遊割引運賃)、ZONE APEX(事前購入回遊割引運賃)などエコノミークラスの正規割引運賃の拡充、また旅行会社ではホールセラーが卸した販売可能分の座席を安く販売する格安航空券で旅客は低運賃で世界を旅することができます。

そして最近では航空運送を廉価な運賃で提供して、機内食、手荷物受託、座席指定などサービスを有料化、または削減して運送コストを引き下げることに成功したLCC(ローコストキャリア:格安航空会社)の伸長が大きいです。

ただ安いエコノミークラスの運賃で満席の場合、低い利益に対して乗務員など人件費、食事などサービス経費、機材や燃料といった運航コストがかさむため、航空会社においては魅力的な市場ではないという実情もあります。

主にリゾート路線などがその傾向があり、座席利用率が高い路線であっても航空会社が運航を撤退する、または系列の子会社に運航を託すケースがあります。

安く航空旅行をするという世界的な潮流の一方で、富裕層などハイエンドクラスの旅客に対して航空会社ではファースト、ビジネスなど高級クラスのサービスに力を入れています。

そして、これらのハイエンドクラスサービス競争は年々激しくなっています。

エコノミークラスが空席多数であっても、ファーストやビジネスクラスが埋まってくれた方が、航空会社にとって少ないコストで大きな収益を得ることができるのです。

顧客の上位20%が収益の80%を生み出すというマーケティングデータがあり、ファーストクラス一人分でエコノミークラス10人分という収益構造があるのです。

また高額な対価を支払ってでも、航空会社が提供する高級なサービスという付加価値を望む旅客が確実に存在します。

ハイエンドユーザーの取り込みを、航空会社では緻密な戦略を立てて行っています。

航空機運送サービスの特性

航空機をはじめ、鉄道、船舶、バスなどの運送サービスの特性について、商品の在庫ができないことが挙げられます。

出発時刻までに販売されず売れ残った座席は空席のまま出発するため、サービス商品としての価値はなくなりますが、その一方で公共交通機関としての義務、乗客の有無や多少に関わらず定められたスケジュールによって定期的な運行を行わなければなりません。

そして運送そのものに旅客の目的があるものではなく、目的地で行動をするための移動手段の一つに過ぎません。

また航空機を運航する航空会社が複数あるにせよ、旅客機機材、発着空港、所要時間などどの航空会社を利用しても目的地まで到達することには違いがありません。

言わば、輸送という手段は様々な航空会社が持つ同質的な目的であります。

輸送という限定された目的のなかで旅客が自社便を利用して貰うために、航空会社では様々なマーケティング活動をして斬新なサービスを行っていることをアピールし続けています。

座席という在庫ができない商品を最適な利益を得て効率的に販売することを基本に、座席や食事、ラウンジなど輸送サービスの付加価値を高めて他社との差別化を行う戦略を実施しています。

顧客を自社に取り込む上で、航空会社が最も必要としているものとして「マイレージプログラム」があります。

乗った距離に応じてポイントが付与され、ポイントがたまると利用者は無料航空券や上級クラスにアップグレードなどの特典権利が得られ、航空会社に対して予約・空席待ちの取り扱いや機内食のリクエストなど要求することができます。

航空会社は顧客を番号で管理することで、よく利用する区間、クラス、運賃など複雑で膨大な顧客データが得ることができ、それらのデータを基にマーケティング戦略を立てているのです。

ファーストクラスの魅力とは

ファーストクラスは国際線航空機の最上級の客席で、運航する航空会社の最高峰のサービスが提供される等級のことを定義します。

長距離国際線を飛行するエアバスA380、ボーイング747や777など大型旅客機に於いて、機体前方にファーストクラスを数席、その後ろから機体中央にかけてビジネスクラス、そして機体後方にエコノミークラスというレイアウトが一般的です。

ファーストクラスの区画は非常に広く、エコノミークラス数席分のスペースに座席が1席存在します。

ファーストクラスという言葉を見聞きしたとき、とても広い空間に存在するベッドの様な座席、一流レストランシェフ監修の食事が真っ先に想像されるのではないでしょうか。

実際に航空会社の広告では、旅客が優雅な空間でゆったりとしたサービスを受けている様相を強調して演出をしています。

もっともこれは航空機に搭乗している間に受けられるサービスの一部であり、他にも予約取り扱いや手荷物重量の優遇、専用チェックインカウンターやプライオリティレーン、そして搭乗ラウンジなど空港でのサービス、また航空会社によっては空港までのハイヤー送迎など、予約から搭乗、降機の一連の流れの中で最高品質のサービスが提供されます。

ファーストクラスの対価

これらの全てのサービスを受ける対価として、旅客は非常に高額なファーストクラス運賃を支払う必要があります。

東京-ニューヨークを往復したとき、エコノミークラス普通往復運賃で95万2千円のところ、ファーストクラス運賃は200万8千円と約2倍の開きがあります。

しかし、ここで一つ注意しなければならないことがあります。

ファーストクラス運賃は基本的に割引制度がないのでこれが実勢運賃にあたりますが、エコノミー普通運賃は殆ど利用されることがない実勢に伴わない高額な運賃で、実際のエコノミークラス旅客が支払う運賃は割引運賃、しかも価格帯としては10万円前後が妥当です。

そのため、実勢運賃で比較すると約20倍も運賃に開きがあります。

ちなみにプライベートジェット機でこの東京―ニューヨークを飛行したときに掛かるコストは1,200万円にも達します。

富裕層の人から見ればファーストクラスの運賃というものはお手頃な価格に感じることでしょう。

最近では自社マイレージサービスによるきめ細かい顧客管理により、手元に必要ポイントさえあればアップグレードやマイレージ特典航空券でファーストクラスの利用ができますが、そもそも予約可能な座席数が著しく限られています。

またアワードによりファーストクラスを利用できる対象者は高頻度利用者(所謂、上級会員)であり、誰でもカジュアルに利用できるものではありません。

ファーストクラスの地位・戦略

かつてファーストクラスを利用していた客層がビジネスクラスにシフトしているケースが見受けられ、ファーストクラスの需要が減っています。

近年では座席やサービスなど、ファーストクラスを凌駕するビジネスクラスのコンセプトを旅客獲得のための戦略としている航空会社が数多くあります。

低コストで運航するLCCは勿論のこと、米国・デルタ航空やオランダのKLMなど、ファーストクラスを廃止してビジネスクラスのサービスに力を入れているレガシーキャリアも存在している程です。

また、ファーストクラスを運航している航空会社においても、自社が運航している路線全てに同クラスを設定している訳ではありません。

日本発着の路線では東京―ニューヨーク、ロンドン、パリなど、ビジネス需要が旺盛な長距離路線にファーストクラスを設定した機材を投入します。

また、ビジネス需要が高くても比較的近距離の路線や、団体などリゾートや観光需要が高い路線ではファーストクラスの需要が少ないため、ファーストクラスの設定がない機材や、エコノミークラスを多めに設定した機材などを柔軟的に運用しています。

現在においてレガシーな航空会社がファーストクラスを存続する理由とは、長距離花形路線で運用するフラッグシップに最高級の「ステータスシンボル」としてファーストクラスを展開して、最も高品質なサービスを提供することを約束するためなのです。

座席などプロダクトや、食事、ラウンジなどサービス全般が抜群に向上してファーストクラスに近づいたビジネスクラスでも満足できない、もっと付加価値を望みたい人たちのためにファーストクラスが存在します。

つまり、旅客が支払った高額な「ファーストクラス運賃」に見合った、特別なものでなければならないことがファーストクラスには求められているのです。

ファーストクラスの食事

機内食は航空会社が徴収する航空運賃の中に含まれている、旅客に提供する食事のことは皆さんご存知でしょう。

IATA(国際航空運送協会)では、一定時間以上の国際間の飛行をするときは、航空会社は旅客や乗員に食事を提供しなければならないと定めています。

最も、ジェットスターやエアアジアなど世界的に台頭しているLCCでは機内食は別料金としているケースが多いですが、それらの会社はIATAに加盟していないため、IATAルールに束縛されない側面があります。

レガシーの大手航空会社に於いて、機内食は提供するサービスの中でマストアイテムのひとつであります。

機内食のコストはエコノミークラスを1として、ビジネスクラスは4倍、ファーストクラスは10倍とも言われていますが、各々のクラスの運賃を照らし合わせて、食事にも格差が生じるのは当然のことです。

そのため、ハイエンドユーザーが利用するファーストクラスの機内食は非常に豪勢でラグジュアリーなものでなければなりません。

食事はフレンチ、イタリアンといったコース料理をはじめ、航空会社が所属する国の名料理が振る舞われます。

最高級レストランの著名なシェフやパテシェが思案したもの、酒類は有名ソムリエが厳選した逸品が提供されており、三ツ星レストランの食事をファーストクラス旅客は機内で愉しむことができるのです。

それでもやっぱり安くファーストクラスを利用したい人のために

数百万円もするファーストクラス普通運賃を気軽に支払えるものではありませんが、一度は旅行者にとって高嶺の花の存在であるファーストクラスに一度は座ってみたいのもまた事実ですね。

よく聞く話で空港にて搭乗手続きをしたときにファーストクラスに格上げされたということがありますが、コンピュータで座席コントロールが厳格にされている現在に於いて、ほとんど叶うことはないでしょう。

手元にマイレージポイントが豊富にある場合、ファーストクラス利用規定ポイント数さえあればファーストクラスの予約ができます。

滅多にファーストクラスにマイレージ特典用の空席は出ませんが、根気よく空席がある日を探し続けると見つかる場合があります。

利用する航空会社の上級会員である場合、空席待ちをすることでのちに座席が確約になることもあります。

税金や空港使用料は支払いをする必要がありますが、実質無料でファーストクラスの優雅な世界を楽しむことができます。

またはビジネスクラス航空券を所持しているならば、マイレージポイントを利用してファーストクラスにアップグレードすることも可能です。

比較的手軽な価格でファーストクラスを楽しむのであれば韓国方面行きの路線がおすすめです。

東京―ソウルの場合、大韓航空とアシアナ航空にファーストクラス設定機材が用意されています。

運賃は片道12万1千円、2時間半の飛行時間ですが出発から到着までファーストクラスのフルサービスが享受できます。

ファーストクラスの歴史

船旅の時代からありました

もともとファーストクラスとは客船の専門用語のひとつであり、客船に設けられている最上級クラスの設備とサービスが提供される等級を意味します。

客船の登場は19世紀、蒸気機関など産業革命の時代に遡ります。

蒸気機関の誕生により客船はより大きく、より速く、そしてより遠くまで運航ができるようになります。

20世紀初頭には船舶技術の向上が進み、欧米を中心に重工業企業が鋼鉄船の製造を始めました。

日本では明治時代に石川播磨重工や住友重工が鋼鉄船の製造を始めます。

船体を鋼鉄で造られた鋼鉄船は、非常に厳しい海の環境で耐えられるだけの強度を持っており、主に軍艦などが鋼鉄製船舶の技術を取り入れていましたが、客船にもこの技術が取り込まれています。

船舶技術の発展に伴い、太平洋や大西洋など、数週間かけて横断する客船の船内客室の居住性が向上されてゆきます。

1912年、処女航海中に北大西洋上で氷山にぶつかり沈没した「タイタニック号」は広く知られている存在ですが、この客船の客室は非常に豪華なものでした。

当船はイギリスからアメリカ間の定期路線運航のため製造されました。

船舶の上部には豪華なスイートルーム、つまりファーストクラスが設定されていたのです。

広々として、太陽の光が差し込み開放的で明るい客室に、大きなベランダデッキが備えられていました。

その他ベランダカフェ、電気風呂など客室に設置、ファーストクラス乗客専用のレストランでは豪華絢爛な食事の提供、プールやジム、床屋、図書館など超豪華な設備が完備されており、サービスのレベルは陸上の最高級ホテル以上のものだったそうです。

当然、ファーストクラス運賃は非常に高額なものでありました。

1等船室の船賃は870ポンド、2等船室は13ポンド、 3等船室は3~6ポンドという構成で、貴族や官僚、大富豪がファーストクラスの利用が許されており、身分的な格差が大きく影響していました。

また客船以外にも鉄道にファーストクラスが設定されています。

戦前の日本に東京―下関を結ぶ特急列車「つばめ号」の一等席は、えんじ色のソファーにテーブル、コンパートメントで区画された客室に大きなベッド、当時は珍しい冷房空調の取り入れを行っています。

この列車の一等を利用する客層は豪華客船と同じく、皇族、貴族、上級軍人、官僚など身分が高い者が中心でした。

旅客機・航空会社の誕生

1903年12月3日、アメリカノースカロライナ州キティホークにて、ライト兄弟が人類で初めて飛行機の飛行を成功させました。

ライト兄弟の初飛行から数年後、飛行機の技術革新は進み英仏海峡横断の成功など飛行機の航続距離が延びてゆきますが、この頃の飛行は冒険のようなもので、一般の人の旅行に使われるレベルでありませんでした。

そして、第一次世界大戦が終わった1919年に欧州で初めての民間機運航が行われました。

軍縮によって軍務から退いた飛行士や民間へ販売されたプロペラ式の軍用機によって、爆撃機や偵察機を改造した機体で乗客や郵便物などの荷物を運びました。

この頃になると航空機に対する信頼性が増してきて、貨物輸送や旅客輸送専門の会社が現れます。

1919年から20年代にかけて、エールフランスやKLMオランダ航空、ユナイテッド航空、カンタス航空など現在のメガキャリアの前身となる航空会社が続々と誕生します。

その中には20世紀に常に流行の最先端を駆け抜けた航空会社、パンアメリカン航空が存在しています。

英国やフランス製の機体は木製骨組みに羽布張りの複葉機が主体でしたが、航空機の機体や動力となるレシプロエンジンなどの研究が進み、1933年には旅客機として製造計画された金属製胴体のボーイング247、その2年後には旅客機の礎といえるダグラスDC-3レシプロ旅客機が初飛行を成功させました。

当時のキャビンアテンダントクルーは看護師で構成されていたというお話は有名です。

一方、日本では当時は欧米と並ぶ世界的な航空技術先進国だったため、1924年(昭和4年)に大日本航空を国策会社で設立し、アジア各地域とミクロネシア方面に運航を開始しました。

黎明期の航空会社のサービス

1920年代前後に民間航空産業が本格的に始動しましたが、当時の航空運賃は非常に高額で、

同区間を運航する客船のファーストクラス並の費用が掛かりました。

つまり航空機の旅客は、この高額な運賃を支払うことができる限られた客層の人間しか利用できませんでした。

現在と比べると、当時の旅客機はとても小さく十数人乗りの規模で、速度も遅く、航続距離が短いため、太平洋横断などでは給油のために様々な島々の飛行場へ寄る必要がありましたが、機内はソファーにテーブルというレイアウトで、旅客は豪勢なディナーやランチを食べ、ワインを片手にゆったりとしつつ目的地までの空の旅を楽しんでいたといいます。

航空会社の黎明期では、現在のファーストクラス相当(またはそれ以上)のサービスが標準レベルだったのです。

その後、航空機の大型化や航空機による旅行需要が本格的に伸びてきたため、既存のサービスより簡素化した新しい区分の「エコノミークラス」が誕生しました。

しかし、航空運賃そのものはまだまだ庶民が支払えるような金額ではなく、エコノミークラスといえども現在のビジネスクラス以上の扱いでしたが、この頃にファースト、エコノミークラスという等級の設定がされたのです。

第二次世界大戦後、旅客機の性能向上

第二次世界大戦は航空機による戦闘が主たる手段であり、強靭で戦闘に耐えられる航空機の開発が進みます。

日本各地を大空襲の恐怖に陥れたボーイングB-29爆撃機は、安定した性能のエンジンや高い高度を飛行するための与圧システムなどを取り入れました。

空気の乱れが少ない高い高度を飛行できることにより、機内の居住性安定化に繋がり、この技術は民間航空機の製造に於いて大いに役立つものでした。

大戦後に登場したボーイング377ストラトクルーザー(B-29を旅客機に転用したデザインの旅客機)は、機体の大型化による搭載人員の増加、与圧システムの導入で高い居住性の確保、高出力エンジンの搭載でそれまで時速300キロ程度だった速度が時速500キロ以上まで向上して高速輸送時代の幕開けとなりました。

この航空機はパンアメリカン航空が導入しましたが、機内設備が非常に豪華でファーストクラスにはベッドを設けられておりました。

昼はラウンジコーナーで食事や談笑を、夜間飛行時はゆったりとしたベッドで就寝できるというものでした。

主にアメリカ本土からホノルルやウェーク諸島を経由して東京へ、1日以上掛けて運航されていました。

日本の航空産業禁止の時期を乗り越えて

第二次世界大戦で1945年に敗戦した日本はGHQに占領されます。

占領政策の中に航空事業の禁止が規定されており、1951年のサンフランシスコ平和条約が締結されて再び日本が主権を取り戻すまでの6年間は民間航空の活動が一切できませんでした。

ともあれ1951年8月再び日本の民間航空産業が復活し、日本航空(JAL)が設立されました。

設立当初は航空機もパイロットなど人員もいないので、アメリカ・ノースウエスト航空に運航を委託して日本国内の路線を拡充してゆきました。

徐々に運航乗員と航空機材を揃え、会社設立から4年後には1954年に沖縄(当時)、香港、ホノルル、サンフランシスコに向けて、DC-6プロペラ機で国際線路線を開設しました。

機内にはファーストクラス規模の大きな座席が設置されており、和食の提供、和服を着用したキャビンアテンダントなど外国人旅客に対して、日本文化を前面に押し出したサービスを提供しました。

DELUXE(ファースト)、TOURIST(エコノミー)の運賃区分がありましたが、現在のファースト・エコノミーの様なクラス分けではなかったようです。

東京―サンフランシスコ片道が30万円、近距離の東京―沖縄片道で3万7千円という料金でした。

新卒初任給が1万3千円だった頃の時代、飛行機の旅行が庶民にとってどれだけ高嶺の花だったのか伺い知れます。

この時代は飛行機に乗ること自体が「人生のエンターテインメント」だったのでした。

ライバルはパンアメリカン航空やノースウエスト航空、英国海外航空(BOAC) など、新鋭機を揃え長年の運航実績があり信頼性の高い航空会社が相手で、いつも競争に苦戦しました。

当時のJALは少ない機材をやりくりして国際線運航をしていたため、定時運航率がとても低く「Just Always Late(いつも遅れる)」と揶揄されていた程です。

戦後から時間が経っていないということもあり「神風パイロットが操縦するのか」と罵倒されるなど外国人の評判は芳しくなく、もっぱら乗客数一桁、時々二桁で会社が大喜びという有様でした。

JALの全ての社員は必死のイメージ回復戦略を行いました。

1954年2月、IATA(国際航空運送協会)の決定でこれまでのファーストクラスに合わせてエコノミークラスの設置が許可され、旅客に応じたサービスが提供できるようになりました。

営業戦略としてニューヨークやサンパウロ、香港、台北など世界の主要都市に相次いで支店や営業所を開設して、対外的にJALの認知度を上げることに努めました。

この結果、1955年度には国際線、国内線とも黒字に転じ、ライバル社との競争のためDC-6よりも大きく、最新悦のDC-7旅客機を運航開始しました。

ジェット機時代の幕開け

1952年、世界で初めてのジェット機をイギリスで商用飛行させた出来事は民間航空業界の大きなエポックとなりました。

イギリスの航空機メーカー、デ・ハビラント社が開発した、60人の乗客を乗せて時速700キロで運航することができる「コメット」旅客機は英国海外航空(現・ブリティッシュエアウェイズ)によってロンドンヒースローから南アフリカのヨハネスブルグへ就航を果たします。

高高度を飛行することで天候の影響を受けにくく定時発着率が高くなり、何よりプロペラ機よりも半分以下の時間で移動が可能になったのでした。

英国海外航空は保有するコメットを全席ファーストクラスの扱いで運航をして、空港までの送迎サービスや出発時間までラウンジで食事の提供、狭い機内ながらも大型のソファーシートを設置などゆったりとした空間を演出しました。

大々的にジェット新時代の幕開けを世界に見せつけられた世界の航空会社は保有しているプロペラ機が一気に陳腐化してしまい、各国の大手航空会社はジェット旅客機コメットの導入を検討します。

しかし、コメットは高高度をプロペラ機の2倍の速度で飛行する過酷な環境に耐えられる設計で生産したものの、想定を遥かに超える状況だったため連続墜落事故が発生します。

その度に飛行停止命令が出され、航空機としての信頼性が失われてしまいました。

そして、ジェット旅客機開発に遅れを取っていたアメリカの大手航空機販売会社ボーイングとダグラスがコメットよりも大きな旅客機の開発に成功し、世界の大手航空会社はそちらの方に関心が移ってしまったのです。

1960年代になると華やかなジェット旅客機時代が本格的に訪れ、世界の空港は長距離路線を運航するジェット機でいっぱいになりますが、コメットはひっそりと生産終了をして花道から引退してしまいました。

ジェット機とファーストクラス

1960年代に登場したジェット旅客機ボーイング707、ダグラスDC-8は世界的に大ヒットをして、世界の大手航空会社は競ってこれらの機材を導入して長距離国際線など収益の高い花形路線に投入します。

一度に100人以上も運べる大型機材の導入により空席を埋めるための割引運賃が登場して航空旅行の大衆化が始まり、本格的にファーストクラスとエコノミークラスの区別が明確にされます。

機体の前方にはファーストクラスが設けられ、二人掛けの大型ソファーが10席とラウンジコーナー、機体の中央から後方は3人掛けの座席をぎっしり詰め込んだエコノミークラスが100席という展開がスタンダードなパターンになります。

当時、世界的規模で運航していたパンアメリカン航空のファーストクラスは、旅をする人々にとっての憧れの存在であり、セレビリティや著名人などに好まれていました。

ファーストを利用する旅客は航空会社が提供されるハイヤーで空港に向かい、専用のカウンターでチェックイン後、ファーストクラス旅客専用の入出国レーンで手続きを行い、搭乗時刻まで専用ラウンジにてお酒やコーヒー、軽食などのサービスが待っています。

機内に搭乗後は広いソファーシートに腰を下ろすと、シャンパンなどウエルカムドリンクがサーブされ、出発までの待ち時間が常に充実したものになっています。

離陸後、最高級の食材をふんだんに使ったアラカルトコースメニューによる食事の提供をはじめ、ラウンジコーナーで談笑して優雅な空の旅を楽しめます。

そして日本を代表するJALはダグラス社のDC-8ジェット旅客機を導入して、世界の空に展開してゆきます。

この飛行機のファーストクラスは日本情緒をふんだんに盛り込んでおり、外国人旅客を中心に大変人気がありました。

西陣織のカバーで覆われた広い座席は金色に輝いており、優雅で豪勢な空間であることを魅せつけました。

当時はスモーカーが圧倒的に多かった時代、機内の喫煙も重要な娯楽のひとつであり、座席のアームレストに大きな灰皿が設けられていました。

乗客は機窓に広がる雲海を眺めながらパイプやタバコの煙を燻らせていました。

そして、コックピットとファーストクラスの客席の間に設けられているのは貴賓室、壁には文化勲章受章者である前田青邨画伯の「紅梅」という絵が掛けられており、テーブルを挟んで4席の西陣織で包まれたシートが配置されていました。

窓は日よけが障子になっており、日本文化の美しさを強調した空間でした。

食事は和食サービスが選択でき、外国人に人気があったものとして扇子や法被などの記念プレゼントがありました。

和服を着用したファーストクラス専用キャビンアテンダントが優雅な飛行時間に花を添えていました。

当時のジェット旅客機は、現在の様に1万キロをノンストップで結ぶだけの航続距離を持っていないので、日本からアメリカ間ではホノルル、ヨーロッパ行きではアンカレッジ

に寄港して目的地へ向かいました。

ジャンボジェット機の登場

1970年代に入ると航空業界は、ボーイング747ジャンボジェット機の就航という大きな局面に入りました。

2階建てで400人乗りという、これまでのジェット旅客機より2倍以上の定員のジャンボ機について開発当時は多くの航空会社が関心を示したものの、空席が今まで以上に多くなることが懸念されました。

そんな逆風を吹き飛ばすかのように、パンアメリカン航空は大量のボーイング747の導入を発表しました。

パンアメリカン航空に後れを取りたくない世界の大手航空会社は、競って注文をボーイングに出したのでした。

また、ボーイング以外にもダグラス社はDC-10、ロッキード社はL1011トライスター、欧州のエアバス社よりエアバスA300といった300人規模の大型旅客機が次々登場してゆきました。

ジャンボ機の登場で、より広くなった客席を有効的な座席の配置で航空会社は苦心しますが、ファーストクラスはこれまで10席程度だった席数を倍以上、そして更に大きくリクライニング角度が深くなったシートをゆったりと並べました。

ファーストクラス区画にある螺旋階段で2階に上がると、ソファーが並べられているラウンジがありました。

1970年にボーイング747ジャンボ機の導入をしたJALは、インダストリアルデザイナー柳宗理氏とプロダクトデザイナー剣持勇氏を招聘して機内デザインを決定します。

広い機内に単一の座席を並べただけでは彩がないので色やレイアウト、座席の形状に至るまで多様性と日本美を積極的に取り入れました。

機首部はファーストクラスとし、エコノミークラスの1.5倍もの広さの座席を40席設置しました。

藤色と紅色の鮮やかな色合いの座席が交互に配置され、壁には日本画家・加山又造氏の「銀河の図」という絵が彩られました。

2階部分は導入当初はラウンジとして使用していましたが、1978年に寝室に改修して「スカイスリーパー」というベッドルームになりました。

昼間は大きなソファーとして利用でき、夜になると大型のフラットベッドに早変わり、ガウンや毛布、枕が用意されていました。

このスカイスリーパーはファーストクラス運賃に更に10%追加で支払うことで利用できました。

一方、エコノミークラスは今までの旅客機と同じサイズの座席を並べることにより、300席程度の収容が可能になりました。

今までのジェット旅客機より3倍もの座席数です。

航空会社としては空席を埋めて飛行機を飛ばしたいため、様々な割引運賃を打ち出して旅客獲得に乗り出します。

そして現在の海外旅行ではお馴染みの存在、所謂「格安航空券」が世に誕生したのもこの頃です。

代理店向け販売の航空座席ホールセラーから仕入れた廉価な団体旅行枠を、旅行会社がバラ売りすることで旅客は正規割引運賃よりも安く旅行することが可能になりました。

庶民が気軽に海外旅行、しかもツアーではなく自分で行きたいところに自由に行くことができるようになったのは、まさにこの頃です。

コンコルドとファーストクラス

ボーイング747ジャンボ機をはじめ様々な大型旅客機が市場に登場した1969年、イギリスとフランスは超音速旅客機「コンコルド」を世に送り出します。

マッハ2.0で飛行高度6万フィート、既存のジェット旅客機よりも2倍のスピードで飛行ができるコンコルドはビジネス需要が確実に見込まれ、次世代の旅客機のスタンダードとして確信されていました。

対抗するボーイングでもコンコルドと同程度の超音速旅客機の開発を始め、世界の航空会社に積極的な販売を行っていました。

コンコルド、ボーイング共に数十社の航空会社から注文が入り、いよいよ超音速時代の幕開けを迎えましたが、騒音問題や超音速飛行時に地上で発生する衝撃波「ソニックブーム」の問題、超音速旅客機が乗り入れできる空港は世界で限られた数しかないというインフラの問題が次々と襲いかかります。

ソニックブームについて、超音速のコンコルドが通過したときに発生する衝撃波で地上の窓ガラスが割れ、ひどい場合では家の屋根が壊れるなど深刻な被害が発生していまい、コンコルドの上空通過を禁止することを表明する国がありました。

また、搭乗人員が100名前後と少なく収益を得るには難しいという問題がありましたが、追い打ちをかけるように1970年代前半に襲ったオイルショックで将来が見込めないと判断され、超音速旅客機を注文した航空会社は導入を断念してしまいました。

最終的にはコンコルド製造国のフランス・エールフランスとイギリス・英国航空のみしか商業運航されませんでした。

エールフランスと英国航空はロンドンやパリから大西洋を渡って、ニューヨークケネディ空港へ向かう路線に投入されました

コンコルドは機体が細いので座席レイアウトはエコノミークラス程度の広さでしたが、全席ファーストクラス運賃の20%増しという、ファーストクラスより更に上級のクラスとして扱われました。

コンコルド乗務の資格を持った客室乗務員が乗務し、コンコルド専用の機内食やドリンク、機内販売品、ギブアウェイの提供など特別なサービスが提供されました。

機内サービス以外にも就航地のロンドン、パリ、ニューヨークの空港には専用のラウンジと搭乗ゲートが備えられ、これらの空港を発着するときは最優先権があったため定時性が非常に高かったため、時間に追われて忙しいエグゼクティブビジネスマンに圧倒的な人気があり常に満席が続きました。

2003年にエールフランスと英国航空はコンコルドが老朽したため、運航を終了しました。

商業的には失敗したコンコルドですが、超音速飛行という国の威信を載せたフラッグシップ機として世界的な認知には成功したのです。

ビジネスクラスの誕生とバブル景気

ボーイング747をはじめ大型旅客機を運航している航空会社には共通の悩みがありました。

出張などで正規運賃を支払って高頻度利用しているビジネスマンを中心に、エコノミークラスは非常に安い団体運賃で乗り込んでいる人たちとサービスが同じ水準というのは納得できないという意見の存在です。

そんな意見を受けて1970年代、パンアメリカン航空では正規運賃でエコノミークラスを利用する人を対象とした「クリッパークラス」を創設します。

機内の専用コンパーメントにはエコノミークラスよりも大きい座席が広いピッチで並ばれており、専用の機内食が提供されました。

とは言うものの、あくまでも従来のエコノミークラスより若干広く、手荷物の制限重量が10キロ多いといった程度のサービス(現在のプレミアムエコノミークラス程度)でしたが、エコノミークラス正規普通運賃を支払うビジネスマンから人気があり、収益性が非常にいいことが実証されました。

日本では1974年に日本航空が「エグゼクティブキャビン・タチバナ」という区画をエコノミークラス前方に設け、普通運賃個人旅客専用のエリアとして運用しました。

設立当初はエコノミークラスと同じ席でしたが、のちに専用のワイドな座席が設置されます。

世界の航空会社はビジネスパーソンのための新しいサービス展開で、激しい競争が繰り広げられました。

1980年代になるとこれらの個人客エリアの座席やサービス内容の拡充が図られます。

ビジネスクラスとして、ファーストとエコノミーの中間クラスという位置付けで正式に運用されました。

バブル期の1980年代後半、日本航空は東京―ニューヨーク線専用のボーイング747を投入します。

この飛行機はファーストクラスとビジネスクラスだけで構成されており、エコノミークラスは一切設けていませんでした。

かなり強気な座席配置を展開しましたが、この飛行機が運航される便はとても人気があり、いつも満席が続いていました。

航空業界の競争激化

1980年代に入り、アメリカのジミー・カーター政権では航空業界の参入、路線参入規制、運賃設定の自由化を盛り込んだ「航空規制緩和法」が成立されました。

この法律を受けてアメリカ国内では雨後の筍の如く格安航空会社が設立され、対抗する大手航空会社も割引運賃で迎え撃つなどして競争が激化しました。

日本でも1985年に航空規制緩和の法律が制定され、翌年1986年に全日空が定期国際線を開設してグアム、ロサンゼルス、ワシントン線を就航します。

そして数年の間に中国、アジア、欧州とネットワークを構築します。

乗り入れ先就航地で認知度を上げるため、サービスに力を入れており、長距離路線のファーストクラス設定、当時ボーイング747ジャンボ機で標準的なビジネスクラス座席配置が横7,8列のところを横6列という幅広い設定で運航を始めました。

また、1988年には東亜国内航空が日本エアシステムに改称してソウル、シンガポールに定期国際線を就航しました。

1981年にアメリカン航空では乗った距離に応じてポイントを与え、無料航空券やファーストクラスのアップグレード特典がもらえる「AAdvantage」という世界で初めてのマイレージサービスを開始して、1年間で100万人以上の会員を獲得することに成功します。

自社に顧客を取り込んで管理をする「顧客関係管理」のマーケティングを展開することで顧客のデータ(よく使う路線、運賃、クレジットカード)が収集できます。

これらのデータを管理するツールがCRS(コンピューター予約システム)です。

CRSの基本的な役割は航空機の座席予約や発券が主たる業務ですが、ニーズが大きい旅行業務に対応するためホテル、レンタカー、劇場など様々な手配が行えます。

またマイレージナンバーと顧客情報を紐づけすることで、顧客が望むサービスや嗜好、旅行形態など、きめ細かいサービスが行えるようになります。

現在では座席予約システムという範疇を超えてGDS(総合旅行システム)という位置づけで、航空会社にとって大切なデータ収取及びサービス提供の核となっています。

「2割の固定顧客が全体の8割の利益を与える」というパレートの法則をもとに、2割の高頻度利用客(いわゆる上級会員)を完全に囲い込むことが重要視されています。

上級会員にはファーストクラス使用権利をはじめ様々な豪華特典が用意されており、手厚いサービスが提供されます。

そしてマイレージサービスは自社のみならず、提携先航空会社やホテル、レンタカー、レストラン、更にはガソリンスタンドやスーパーマーケット、コンビニ、ネットプロバイダーといった生活の深い部分まで提携しています。

21世紀を迎えて

規制緩和の競争の末、1991年12月に名門航空会社パンアメリカン航空が倒産します。

常に新しい機材やサービスを打ち出して世界の航空会社の先駆け的存在でしたが、放漫経営や高コスト体質、そして激しい競争で赤字が膨大に膨れ上がっていたのです。

激しい競争を勝ち抜いて、生き残っている航空会社も体力的には厳しいところも多く、今後更に競争が厳しいことから複数の航空会社と連合組織を作り、マイレージやコードシェア便など旅客の利便性、集客向上を図る流れが1990年代後半に加速します。

有名な航空連合はスターアライアンス、ワンワールド、スカイチームがあります。

航空業界の景気が落ち込んでゆく中、収益が見込めないファーストクラスを廃止してビジネスクラスのサービス展開に力を注ぐ航空会社が現れ始めます。

アメリカのノースウエスト航空とオランダのKLMが共同でワールドビジネスクラス、コンチネンタル航空はビジネス・エリートというブランドでファースト並みの座席とサービスを打ち出します。

そしてファーストクラスは廃止しないにしても、近距離路線やリゾート路線などコストの割にファーストクラスの効用が望めない路線には、ファーストクラスの設定がない機材を投入するケースが目立つ様になりました。

そしてその10年後の2001年9月、世界を震撼させたアメリカ同時多発テロ事件が起こりました。

航空需要が急激に落ち込み、更に追い打ちをかけるように保険料や燃油代金の激しい高騰が航空会社に押し寄せます。

このため、相次いで航空会社が破産や運航停止、会社更生適用法を適用して会社を再建する状況になりました。

多くの航空会社が経営の再生を図っている中で、欧米を中心に新たなビジネスモデルの航空会社、LCC(ローコストキャリア:格安航空会社)が相次いで設立されます。

機内食、手荷物受託、座席指定などサービスを有料化、または削減して運送コストを引き下げることで、大手航空会社より運賃を安く提供することができたのです。

LCCの台頭によりエコノミークラスの航空運賃は全般的に安くなりました。

対抗する大手航空会社はエコノミークラスで安く座席を販売する一方で、高い運賃を支払って乗る旅客のためにファーストクラス、ビジネスクラスの拡充に力を入れます。

最近の傾向としてエコノミークラスの座席幅と前後ピッチを狭くしてキャパシティを増やす一方で、ファーストクラスは個室並みの幅広い空間でプライバシーに配慮した造りになっています。

特に近年、富裕層などハイエンドクラスの旅客に対して航空会社ではファースト、ビジネスなど高級クラスのサービスに力を入れており、これらのクラスを利用する旅客は高い付加価値がサービスされることを望んでいます。

シンガポール航空やエミレーツ、カタール航空が保有している超大型旅客機エアバスA380ではファーストより上位のスイートクラスという上級クラスを運用しています。

A380の広い機内スペースにはホテルの客室の様な個室が設けられており、昼は大きなソファーに腰かけて大きなモニター画面で機内エンターティメントを楽しみ、夜は高級羽毛布団がセッティングされたフルフラットベッドで快適な睡眠が約束されています。

ファーストクラスと機内食

ファーストクラスのサービスで一番注目されるものは何と言っても機内食ではないでしょうか。

テーブルクロスが敷かれた大きなテーブルに、美しく盛り付けされたコース料理を最高級のワインと共に食事する、まさに雲上のレストランです。

また運航する航空会社の国の名料理を存分に愉しむことができ、フレンチやイタリアンをはじめ、日本の和食、東南アジアのサテ―料理、アメリカの肉料理など多彩な食事があるのです。

世界で最初の機内食サービスは1919年のフランスで、軍人を乗せた爆撃機を改造した輸送機にて、昼食とシャンパンのサービスがあったことが記録されています。

もっとも民間定期便でサービスされる機内食とは性格が違うものですが、飛行機内で最初に提供された食事だったことには違いがありません。

そして、提供された食事はサンドイッチなど手軽に食べられるものに限りました。

一方、ドイツでは大型飛行船「ヒンデンブルク号」が運航するドイチェ・ルフトシップファールス社の長距離路線で食事とシャンパンのサービスが行われていたという記述があります。

日本にも1929年、同社が所有する「ツェッペリン号」が霞ケ浦海軍航空隊基地に訪れており、帝国ホテルが食事の提供を行いました。

そして1930年に入ると民間航空業が本格的に始動します。

ルフトハンザ航空ではユンカースY31という航空機に客室乗務員が搭乗しており、機内食のサービスが行われています。

この飛行機には調理場が備えられており、本格的な食事を提供することが可能になりましたが、当時の民間機は航続距離も短く、高高度を飛行することができなかったため機内の居住性が乏しく、食事の提供に制限がありました。

本格的な機内の食事の提供は、1950年代後半のジェット機就航まで待つことになります。

ジェット機はこれまで主流だったプロペラ機よりも、より早く、そして遠くへ飛行することが可能になりました。

また飛行高度もプロペラ機よりも高く飛行することができるようになり、揺れが格段に少なくなったため機内の居住性が大幅に向上しました。

長距離国際線を就航している航空会社では旅客を呼び込むツールのひとつとして、機内食を積極的に活用しました。

最高級ホテルのビュッフェよろしく、ワゴンいっぱいにロブスター、ステーキ、ローストビーフ、山盛りのフルーツなどが盛り付けられており、旅客は欲しいものを選べるスタイルで食事が提供されていました。

ワインなど酒類は様々なブランドが網羅されており、旅客からリクエストされたカクテルもそつなく提供できることが当時の航空会社では基本のサービスとされていました。

そして日本航空では日本文化を海外に発信するため、1970年代になると本格的な和食のサービスを開始しました。

1980年代には寿司職人が飛行機に乗り込んで、ファーストクラスの旅客に握りたての寿司を提供しています。

大量輸送化された現在の航空業界に於いて、合理化されたサービスが全面的に推し出されていますが、それでもなおファーストクラスでは利用するハイエンドユーザーのために最高品質のサービスが提供されているのです。

ファーストクラスのトレンド

機体最前方に設置された聖域

長距離国際線に搭乗するとき、空港の搭乗口ではゲートが2つ用意されています。

そして、ほとんどの人が右手側のゲートを使用しています。

右手側のゲートは機体中央から後方、ビジネスクラスとプレミアムエコノミー、エコノミークラスの旅客が通ります。

そして左手側のゲートは機体最前方と接続されており、こちらはファーストクラスの旅客しか通ることができません。

また機内ではファーストクラスはカーテンで閉ざされており、エコノミークラスは勿論、高級クラスのビジネスクラスの旅客もファーストクラスの中を窺い知ることはできません。

最近の傾向としてビジネスクラスのサービスが充実しており、ファーストクラスに近い広さでフルフラットベッドになる座席、有名レストランのシェフ監修の食事など、これまでファーストクラスを利用してきた旅客が十分に満足するようなレベルになりました。

事実、旅客はファーストクラスからビジネスクラスにシフトしており、ファーストクラスを廃止する航空会社も数多くあります。

それでもファーストクラスを維持する航空会社は、会社で最も極上であり高質な空間や時間、サービスを提供する金字塔、またはステータスシンボルとしています。

2007年に商業飛行を開始した超巨大旅客機エアバスA380のワイドな機内では、ファーストクラス以上の豪華さを誇る「スィートクラス」として運用されています。

カーテンの向こう側にある、豪勢なシートが並ぶファーストクラスはまさに旅客機の聖域と言っても過言ではありません。

ファーストクラスの設定傾向

JALやANAなど、日本の航空会社では主に太平洋横断や欧州方面へ向けたビジネス需要の高い長距離路線を飛行する大型機に限りファーストクラスを設置しています。

香港やシンガポールなど一部の中・短距離国際線に於いてファーストクラスが設定されているフライトがありますが、これは航空機機材が地上で次のフライトを迎えるよりも、間合いで効率的な機材運用を航空会社が行っているためなのです。

海外の航空会社に於いても日本と同様、比較的長距離でビジネス需要が高い路線にファーストクラスを設定しています。

そしてファーストクラスがある機材はエアバスA380、ボーイング747、777など大型機で航空会社にとってフラッグシップ(旗艦機)的存在です。

エアバスA380という航空機

現代の高品質なファーストクラスを語るうえで、エアバスA380という航空機は絶対に外せません。

1970年代から21世紀初頭にかけて、アメリカ・ボーイング社が製造するボーイング747ジャンボジェット機が世界最大の旅客機でした。

一度に300人以上の旅客を運べることは航空会社にとって非常に効率が良く、世界の国際線を運航している会社は積極的にボーイング747を導入しました。

なかでもJALは747を112機も導入しており、この保有数は世界一を誇りました。

しかし、2001年のアメリカ同時多発テロ事件で航空需要は大きく落ち込み、更に追い打ちをかけるように燃料が高騰してしまいます。

そしてボーイング747と同規模のキャパシティで燃費効率が非常に優れた大型双発機、ボーイング777-300ERの登場によりボーイング747の活躍は徐々に減ってきます。

世界一の保有数を誇っていたJALは2009年、競うように導入したANAも2014年に全て退役しました。

ボーイングはこれまで世界の空の常識だった、大型機で国際間を飛行して各々の目的地へは小型機に乗り換えをする「ハブ&スポーク」方式から、旅客は乗り換えを好まず目的地へ直行する動線になると予測しました。

そのためボーイング747のような大型機の活躍よりも、ボーイング777双発機を核として中型機ボーイング787、小型機ボーイング737の需要が増えると判断しました。

一方、対抗するエアバス社は中国をはじめ、インドなど新興国の人口は増え続けており、まだまだ世界的に大型機の活躍は期待できると見ており、総2階建て、ボーイング747に対抗する新機材の開発に乗り出します。

これがエアバスA380のはじまりです。

中東や東南アジアを中心に300機の注文が入り、本格的に製造が開始されました。

機体の強度不足や重量が想定以上だったこともあり航空会社への引き渡しが遅れましたが、2005年に初号機が初飛行を迎え、2007年にシンガポール航空にデリバリーを開始します。

機内の総面積はボーイング747の1.5倍、座席数もファースト・ビジネス・エコノミーの標準仕様で1.3倍となりました。

従来の大型機と同じ座席使用でありながら、乗客一人当たりの専有面積が大きくなることをエアバスが強く主張しています。

座席以外にも、今まで考えられなかった様々な設備を設けており、ファースト・ビジネス旅客に向けたラウンジ、バー、大韓航空では免税店コーナーがあるのです。

そしてエミレーツやエティハド、シンガポール航空ではファーストクラス旅客専用のシャワールームが備えられているのです。

飛行機が乱気流などで機体が大きく揺れることもある中で、飛行中は立たない方が望ましい観点からこれらの設備は流行らないという見方がありましたが、今では大きなA380ならではの設備としてサービス戦略に欠かせないものとなっています。

現在では欧州・豪州・中東・アジアの航空会社14社、180機のA380が世界の空を飛び回っています。

ANAも2016年1月にA380を3機導入するニュースは航空業界、旅行業界で大きなニュースとなりました。

リゾート需要が非常に高いホノルル線に投入して、他社からシェアを奪回することは勿論、ファーストクラスを設置することでハイエンドユーザーを取り込む狙いがあります。

プロダクトの高級化

ファーストクラスが搭載される路線や機材は極めて限定的である中、座席数そのものも減少化されています。

世界的に導入されている大型双発機ボーイング777-300ERの約6メートルの内径の中に、ファーストクラスが横に4列(エコノミークラスは10席配置)されており、縦の列も1列か2列、つまり4席か8席程度しか設けておらず、超大型機エアバスA380でもファーストクラスは10席前後しか設定されていません。

これは座席使用率が少ないといった後ろ向きの理由ではなく、プロダクトの高品質、高級化のための戦略なのです。

今日、航空会社のステータスシンボルであるファーストクラスのプロダクトレベルは非常に高く洗練されており、プライベートジェットに匹敵するほどです。

そして、シンガポール航空、エミレーツ、エティハド、カタール航空が所有するエアバスA380に設置されているファーストクラスが世界で最高の品質なのです。

ファーストクラスのキャビンに入ると、重厚な木目調のパーティションで区切られた座席が整然と並んでいます。

あたかも、自分の「住まい」にいるように存分にリラックスして寛ぐことができ、しかもプライバシーが完全に確保された空間はもはや座席ではなく、完全なる個室です。

その個室の中は、ソファーの様な座席を中心にテーブル、間接照明、ドリンクやスナックが入っているミニバー、23インチ以上もある大きなモニターなどが設置されており、非常に贅を尽くした空間となっています。

ほかに、エアバスA380のオペレーターで有名なシンガポール航空はスィートクラスという既存のファーストクラスよりも上位のクラスとして扱われています。

他の航空会社同様、各座席はパーティションで区切られていますがシンガポール航空の場合、中央席のパーティションは下ろすことができます。

夫婦やカップルで利用して座席をフルフラットベッドにしたとき、繋がった真中2席はキングサイズのベッドに早変わりします。

これらの「個室型」ファーストクラスを運用する航空会社は、より高い品質のサービスを旅客に提供するとして、ファーストクラスより上位なクラスとして扱われており、ファーストクラス普通運賃より割り増しした運賃体系をとっています。

さて、「個室型」のファーストクラスと対照的なものは、ドイツ・ルフトハンザ航空に設置されているファーストクラスです。

ルフトハンザ航空がエアバスA380を導入するにあたり、広い空間を強調するため敢えて「開放的」な機内レイアウトをデザインしました。

夜間就寝時はパーティションで座席を囲いますが、日中は旅客同士やキャビンアテンダントとのコミュニケーションが取りやすいオープンな空間となっています

また、座席上の荷物棚を設けていないことが、よりオープンで広い空間であることを感じさせられます。

またエアバスA380に限らず、ほかの旅客機機種に備えられているファーストクラスのプロダクトも遜色がありません。

JALとANAが保有する国際線用ボーイング777-300ER機には機体最前方に8席設けられています。

フルフラットベッドにしたとき、全長が2メートルにもなる大きな座席は、クローゼットとシューズボックスが供えられた白いスクエアなパーティションで1席ずつ仕切られており、プライバシーに配慮された個室となっています。

パーティションの内側は柔らかい木目調の造りになっており、自宅のように心からリラックスができる居住性が確保されています。

そして座席周りには23インチの大型テレビ画面、ダイニングテーブル、カクテルテーブル、そしてキャリーケースが収納できる大型の荷物収納スペースが機能的に設置されています。

「機内」という常識を覆したエティハド航空のファーストクラス

アラブ首長国連邦(UAE)の国営航空会社の「エティハド航空」は、アブダビ首長国アブダビ国際空港に本拠地を置いています。

設立は2003年と新しい航空会社ですが、潤沢なオイルマネーを背景に積極的に新路線・新機材導入を続けており、現在では世界的な運行規模を誇る航空会社として有名です。

エティハド航空が所有する長距離国際線機材のファーストクラスでは「アパートメント」というブランド名で展開しています。

通常大型機は、通路を2列挟んで10列の座席が並ぶエコノミークラスや、6、7列の座席が横に並ぶビジネスクラスが並ぶキャビン空間が一般的です。

この「アパートメントクラス」では広いキャビン空間を大胆に、一つの通路を挟んで片側2列ずつの個室にパーティションされた座席が設定されています。

どれだけファーストクラスの空間が広いことか、お分かりいただけることでしょう。

パーティション室内にはマッサージ機能がある革張りの大型シートのほか、長さ2メートル、幅75.6センチの長さ2メートルのベッドソファーがあります。

シートはイタリアの高級家具メーカー、ポルトローナ・フラウ社製のものを取り入れており、非常にシックでエレガントな空間を演出しています。

各座席に23インチのワイドスクリーン液晶テレビがあり、600時間以上の映画やゲームなどが楽しめるエンターティメントプログラムが用意されています。

そのほか、ミニバーや専用ワードロープが設けられており、夜間はワードロープに着替えたら誰にも気兼ねすることなく、ミニバーのドリンクを傾けながらキャビンアテンダントがメイキングしたベッドで寛ぐことができるのです。

さらに、エティハド航空にはアパートメントルーム以外にも、「ザ・レジデンス」と呼ばれる最高級の部屋がエアバスA380旅客機に設定されています。

リビングルームに寝室、そして個室専用のシャワールームといった、プライベートジェット並みの完全なプライベートスペースが確保されているのです。

リビングルームには二人掛けの本革の大きなソファー、折り畳み式のダイニングテーブル、32インチの液晶テレビが備え付けられております。

寝室には2メートルほどのダブルベッドがあり、「アパートメントクラス」同様にイタリアポルトローナ・フラウ社のベッド、イタリア人デザイナーが手掛けている枕やシーツなど寝具、27インチの液晶テレビがあるのです。

アメニティはニューヨークの香水ブランド「ルラボ」を採用しており、ルラボのブランドポリシー「香りはアート」に基づいており、素敵な香りのフレグランス、ハンドクリーム、リップクリーム、フェイシャルクリームが入っています。

旅客機の常識的な機内サービスを大きく覆した「ザ・レジデンス」は巨大旅客機エアバスA380の2階(アッパーデッキ)に1室のみ設定されています。

1名または2名でこの部屋を利用することができるレジデンスルームの総床面積は約11.6平方メートルもあります。

ザ・レジデンスのサービスは専任のバトラー(執事)が担当し、なんとコックさんもいるのです。

世界一のファーストクラスだけに運賃も世界一です。

ロンドン―メルボルン間が5万5千ポンド、日本円に換算すると約860万円です。

超高額航空券だけにVIP対応の扱いが受けられ、空港までの高級車によるショーファーサービス、空港の専用ラウンジ、さらにレストランや宿泊、コンサートやスポーツ観戦のチケットも付けられます。

ファーストクラスの地上サービス

ファーストクラスの求められる品格は座席周りのハード面だけではなく、予約時から降機まで様々なシチュエーションに於いても最高峰のサービス、つまり「もてなし」が求められます。

現在では航空会社の公式ホームページで予約決済をするとe-mailで航空券控えが送られてきますが、一昔前までは市内に展開している発券カウンターへ航空券を求めに赴く必要がありました。

ファーストクラス旅客は発券を待つ間、特別な応接間に通され、茶菓子が出されていました。

預け入れ手荷物の数量や重量の優遇や座りたい座席の選択は勿論のこと、特別機内食のリクエストや空港までのハイヤー送迎など、予約情報に乗客が求める特別なサービスを登録します。

航空会社は事前に旅客が欲しいサービスを把握して万全な体制で迎えるのです。

そして出発日、自宅から空港までは航空会社より提供されたハイヤーに乗って快適な移動が約束されます。

空港に到着するとハイヤーから連絡を受けていた空港職員が旅客を出迎えています。

エスコートされながらファーストクラス専用のカウンターでチェックイン、そのまま専用レーンで保安検査や出国審査を受けることができるので、特に大空港では人がごった返す混雑を待ちながら移動する必要やストレスが全くありません。

出国審査が終ると搭乗時間まではファースト旅客・マイレージ最高級会員専用のラウンジに案内されます。

一般ラウンジの様な喧騒とは無縁の優雅な空間で、重厚なインテリアや調度品で落ち着いた空間で食事をしながらゆったりと過ごすことができるのです。

そして、ここで用意される食事や飲料も非常に豊富です。

バーコーナーに行ったなら、シャンパン、ワイン、ウイスキー、日本酒のバラエティに富んだ銘柄にまず驚かれることでしょう。

そして食事、サンドイッチやスープなど軽食があらかじめ作られた料理が置いてあるだけではなく、シェフがハンバーグや鉄板焼きなど様々な料理を調理してくれるのです。

JALに至っては職人さんが鮨を握ります。

そして日本のファーストクラスラウンジで人気があるのがカレーです。

しかしここで沢山食事を摂ると機内で出されるメインディッシュがお腹に入らないこともありますので、ご利用になる方はご注意のほどを。

またラウンジの食事はもう一つの意味があります。

最高の「もてなし」が用意されているファーストクラスでは旅客の様々なニーズやライフスタイルを最大限尊重したサービスが提供されますが、なかには移動中は機内食も食べずに寝て過ごしたいという旅客や仕事に集中したい旅客が存在します。

そんなニーズに応えた答えが、事前にラウンジで豪華な食事を食べて貰いたいということなのです。

地上でも上空でも変わらない最高級のサービスを提供することがファーストクラスには求められています。

食事以外にもシャワーコーナーが用意されており、これから始まる長時間フライトに備えてさっぱりとするのもいいですね。

海外の空港ラウンジではサウナが用意されているところもあり、日本ではJALが全身マッサージのサービスを行っています。

リラックスしてフライトを迎えてほしいと願う航空会社の最高質なサービスが、ここでも十分すぎるほど享受できるのです。

ファーストクラス専任の客室乗務員

時間になり搭乗口に向うと、改札の先に二つあるボーディングブリッジのうち、機体前方に接続されている左側のボーディングブリッジはファーストクラス旅客だけの通路です。

運用の例外はなく、幾ら自分が搭乗する航空会社の最高級会員であっても、ファーストクラスを利用しないときはこの通路を通ることができません。

そしてファーストクラスに搭乗する旅客が機内に揃うと、まだ他のクラスが搭乗中であっても早々と専用搭乗口は閉ざされます。

機内に入ると、特別の訓練を受けてファーストクラスのサービス資格を取得した、ファーストクラス専任のベテラン客室乗務員が出迎えます。

客室乗務員の立場から見たファーストクラスのサービスとはどんなものなのでしょう。

ビジネスクラスやエコノミークラスとはまるで異なるものというのが彼女たちの共通認識です。

ファーストクラスは数席、多くても10席の定員に対して3名の乗務員が担当します。

一方、ビジネスクラスは60人前後の定員に対して4名、エコノミーに至っては100席以上の定員に対して6名で旅客のサービスを行います。

長時間のフライトではメインの食事サービスをはじめ、軽食、到着前の食事、免税品販売、ラバトリー(トイレ)周りの掃除、旅客の保安監視業務などをスピーディ且つスマートにこなさなければなりません。

少ない人数で時間が限られた、多くの旅客へ行う機内サービスはまさに時間との闘いなのです。

一方、ファーストクラスではほぼマンツーマンに近い形で客室乗務員が旅客にサービスを行うことができるのです。

ゆったりとしたサービスを提供するために、客室乗務員のメンタリティは余裕が求められます。

機内食でコース料理を出すとき人によって食べるペースが異なりますが、それぞれ旅客のペースに合わせて客室乗務員はサービスを展開します。

優雅な機内へ誘われ

通常、搭乗口は人でごったがえしており、手荷物の収容でバゲッジスペースが取り合いになりますが、ファーストクラス専用の搭乗口にそんな喧騒は無縁の世界です。

機内持ち込みの手荷物が多くても、頭上の座席周りのコンパートメントには個人の手荷物収容エリアが確保されているためストレスにはなりません。

指定された広い座席に腰かけると専任客室乗務員より挨拶があり、ウエルカムドリンクのサービスが始まります。

座席には機内でゆっくり寛いで貰うために柔らかい素地のインフライトウェア、SONYなど一流メーカーのノイズキャンセリングヘッドホンが用意されています。

そしてアメニティグッズ、耳栓やアイマスク、歯磨きセットといった定番アイテムをはじめ、女性には嬉しい化粧水、美容液、フェイスパックやクリーム、ハンドクリーム、リップクリームなど豊富なアイテムが用意されています。

最近ではファーストクラスキャビンに加湿器が備え付けられており、長時間フライトでも肌が乾燥しないように配慮されていますが、それでもやはり肌の乾燥や荒れは気になります。

しかもインフライトグッズのみならず、収容しているポーチやバッグもフェラガモ、ブルガリ、ジパンシィ、ロエベなど一流ブランドが厳選したものが提供されるのです。

シンガポール航空はフェラガモのインフライトアメニティが提供されますが、その中には最新販売されたフレグランスが入っているのです。

航空会社のハイエンドユーザーに一流ブランドのPRをする場としても活用されています。

ファーストクラスは全てが一流のサービス

離陸後、飛行機が巡航高度に達するとお待ちかねの食事サービスが始まりますが、エコノミークラスの様にせわしなくキャビンアテンダントが配膳サービスを展開することは決してありません。

ファーストクラスではテーブルクロスが敷かれ、ゆったりと優雅に食事のサービスが展開されます。

食前酒から一流のサービスが始まっています。

高級シャンペンでお馴染みの「ドンペリ」をはじめ、フランス・シャンパーニュ地方の老舗ヴィンテージシャンパンメーカーが製造している「サロン」、「クリュッグ・グランド・キュヴェ」、オーパスワンに勝ったというHONIGというワイナリーからは「カヴェルネソーヴィニヨン」、「ソーヴィニヨンブラン」、赤ボルドーの有名ワイン「シャトー・ローザン・ガシー」、「シャトー・レオヴィル・ポワフェレ」、白ボルドーは「ミシェル・グロ」、「ルモワスネ・シャサーニュ・モンテラット・ブルミエクリュ・ラ・グランド・モンターニュ」など、世界的に名高い銘酒がグラスになみなみと注がれます。

勿論、シャンパン・ワイン以外も様々な最高級酒が搭載されており、ブランデーは「ヘネシーXO」、「コニャック」、「レミーマルタン・ナポレオン」、日本酒では「獺祭純米大吟醸」、「飛露喜純米大吟醸」、「純米吟醸美山錦」など日本各地の銘酒、幻の焼酎として名高い「森伊蔵」、「魔王」、「村尾」もあるのです。

機内は地上の0.7気圧ほどの空気密度のため、非常に酔いやすい環境下にあり、アルコールの過剰摂取は貧血、呼吸器の異常、低酸素症など疾患を引き起こす場合や、炭酸が気圧で膨張して腹痛を引き起こすことがあります。

また、航空機の保安上の理由によりアルコール度数70%以上のものは危険品とみなされ、機内への持ち込みができません。

そして機内の空気は湿度が低く、鼻や舌の粘膜が乾燥しやすいため渋味や酸味が強く感じやすいため、この状況下で美味しく感じられる「滑らかで味に幅があるふくよかな」酒類を厳選しています。

例えばワイン、ブラインドテイスティング専門家により選定されますが、最近では搭載するワインの話題作りのため著名なソムリエが選定に立ち会っています。

ファーストクラスの機内食 ANA

ANAが運航するニューヨーク便のファーストクラス献立は以下のようになっています。

洋食のアペタイザー

・キャビアと真鯛 (ベビーイエローパブリカのコンポジション)

・彩り野菜とトマトジュレを牛生ハムで巻いて、柿のソースと共に

・ビーツ (レッドキャベツとオニオンサラダをカッテージチーズとともに)

・オレンジ風味のヴィネグレッド

・ガーデンサラダに柚子風味のパルメザンチュイールを添えて

アペタイザーだけでもこんなにあるのですから、メインディッシュになるともっと大変です。

そしてメインディッシュは

・秋田牛フィレ肉のグリル (巨峰のコンポートにトリュフ入りのインカのめざめのマッシュとともに)

・島根県産甘鯛に鮑のソテーを添えて (春菊のピューレソース、オリーブの香り)

・フォアグラを詰めた鶏のローストに芽キャベツのピューレ添え (秩父ワインソースとともに)

他にもバケット、赤ワインブレッド、かぼちゃのフォカッチャ、ソフトセレアルのブレッドチョイス、クロミエ、ゴルゴンゾーラ、プティ・アグール、セル・シュール・シェールなどのチーズプレートがあります。

メインディッシュの食事が終ると、今度はデザートです。

・秋田県産のぶどうジュースと洋梨ジュースのソルベ (秋田県産の枝豆のタルトとともに)

・ティラミスとコーヒーアイスクリーム

・ガトーマロンカシスとヨーグルトアイスクリーム添え

というメニュー構成になっています。

そして日本の航空会社ですので、和食のレベルは非常に高いです。

和食のメニューも見てみましょう。

まずは先附

・青利烏賊

・ほや塩辛

・龍皮昆布

前菜は

・生雲丹塩蒸し

・鮑柔らか煮

・車海老小袖寿司

・牛肉葱照り焼き

・秋田県にかほ市いちじくぶどう煮 (レモン風味白掛け)

お椀

・蛤と海老叩き真丈、もしくは白胡麻豆腐に焼き松茸

お造り

・鰹叩き、または鯛重ね造り唐墨挟み

炊き合わせ

・鰊と茄子煮合わせ

小鉢

・干し舞茸 子持ち昆布 たらば蟹

主菜

・銀鰈蒸し焼き または黒毛和牛山椒煮

御飯

・御飯(島根県安来西谷産 きぬむすめ:金芽米) 味噌汁 香の物

そして食後に和菓子、紅茶とともにとらや羊羹といったメニュー構成になっています。

コースの食事以外にも軽食メニューはとても豊富で、カレーやサンドイッチ、スープ、うどん、鯛茶漬け、比内地鶏玉子丼、大山どり香味竜田、博多一風堂の豚骨ラーメンなど食べたいときに、自由に食べることができます。

通常、飛行機に搭載する機内食は航空会社の系列であるケータリングサービスが、空港内もしくは近所のケータリングセンターにて調理を行います。

自社便以外にも、提携したアライアンスパートナーの航空会社の機内食も提供しており、一日に数千食も調理しています。

ケータリングセンターは食中毒や異物混入の防止など徹底した防疫体制が敷かれており、かつ高いクオリティの食事を旅客に提供するため、食材の味が最大に引き出せる調理方法のノウハウが非常に豊富です。

そして常に新しい機内食の開発メニューを行っています。

機内は限られたスペースで機内食のセッティングする必要がありますので、ケータリングセンターで造られた食事は直ちに冷蔵庫に保管します。

冷蔵する理由として、食材の中に食中毒の原因となる菌が繁殖しやすい30℃前後の温度帯を即座に通過させて3℃くらいに冷やすことで食中毒が防げ、食事の旨みや品質が保たれます。

調理場にはディスプレイ画面があり、出発便の予約状況が見ることができます。

そのため、飛行機に搭載する機内食の数量が確実に把握できるので、作りすぎたり、足りなかったりと過不足を防ぐことができます。

出発時間が近づいたら、乗員・旅客の数の機内食をカートに載せてトラックで飛行機へ運び、機内のギャレーに収容します。

お客に食事を出すときはカートごと温めて調理します。

さて、機内食の料理はムニエルやソテー、ソース煮など味付けが濃くなっています。

高度一万メートルで巡航中の旅客機の機内は、高度二千メートルほどの気圧に与圧されていますが、日常で生活する場より気圧が低いため、ヒトの味覚は酸味や苦みが強く感じてしまう傾向にあります。

そのため食材はクセのない素直な味わいの肉類や魚介類、ソース類はトマトソースやあんかけなど濃い味付けで、飛行の揺れに耐えられるよう硬めなものが機内食の基本となります。

また、メニューに掲げている間は安定した供給が可能な食材が求められます。

機内食はケータリング会社の専門コックが調理しますが、調理スペースや食器、盛り付けなど制約が多い機内での食事のため、レストランのシェフの様に自由に腕を振るうことはできませんでしたが、1980年代後半以降になると旅客機の性能が著しく向上して、一万キロ以上の長距離をノンストップで飛行できるようになりました。

つまり、十時間以上の長大な飛行時間を過ごすことになる訳ですが、特にファーストクラスでは旅客が苦痛で飽きることがない機内空間やサービスを提供しなければなりません。

最近では調理や保存の技術が発展したことで、より豪勢で格式のある食事を提供することが可能になりました。

現在のファーストクラスでは、ゆったりとした機内、あたかも自宅で寛ぐような居住空間で目的地まで過ごすという「極上のホスピタリティ」が約束されています。

食事に於いても、味付けや食材の焼き加減、盛り付けに至るまで、著名なレストランのシェフが監修した“極上”の料理を機内で食べることができるのがファーストクラスです。

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