バンコク在住者としての経験と旅行者としてのバンコク

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写真①

バンコクで年に一度の「同好会」の集まり

私は仕事でバンコクに2度駐在したことがあり、両方合わせて5年間程在住していました。定年退職を現地で迎えてその地を離れ、毎日が日曜日になる日本での生活が始まってから既に数年が経ちました。その数年間で毎年行ってきた事は、バンコク在住時代に知り合った、様々な職業のゴルフ仲間でつくった同好会の集会に参加する事です。会場は勿論バンコク、アクティビティーは「ゴルフ、ゴルフ、ゴルフ」そしてその後の古式タイマッサージと辛めのタイ料理での乾杯です。この会への参加者は、バンコクでの仕事を終えて日本に住んでいる現役やリタイア組、未だにバンコクで仕事をしている者、リタイア後にロングステイで引き続きバンコク暮らしをしている者、そして中国その他の国に移って仕事をしている者など合わせて15名程になります。毎年全員参加と言う訳では有りませんが、その多くが集結するバンコク、そこはそれ程魅力的な地であり、そこに住んだ事がある者にとってはとても懐かしい想い出の地なのであります。

 

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最初のバンコク暮らし

私にとって初めての海外勤務地であったシンガポールから、タイのバンコクへの転勤となったのは1996年でした。シンガポールでの暮らしを始めて2年半、やっとそこでの仕事や生活に慣れ、丁度調子が乗ってきた頃の異動でしたので、正直言ってあまり気乗りはしませんでした。ましては出張ベースで何度か行ったことのあるバンコクという街には「言葉が通じなくて生活し難い所」とのネガティブな印象を持っていましたので、憂鬱な思いさえしていました。そんな気持ちで異動し、単身赴任生活を始めたバンコクでしたが、やはりそこでの生活には言葉の問題での苦労がありました。会社には、英語が解るタイ人マネジャーが多く居ましたので、仕事上でのコミュニケーションに大きな問題は無かったのですが、日常生活では食事をする店、ショッピングの店、理髪店などで、日本語又は英語が通じる店を撰ぶのにとても苦労しました。それでも救いとなったのは、最低限の英語が解る運転手付きの社有車が与えられた事でした。それは、タイ人の雇用促進と交通事故時の言葉の壁を懸念して「外国人による運転を控えるように」との政府の指導によるもので、多くの日系企業がそうしていたからです。そのお蔭で、公共交通機関を利用する時の言葉の問題を免れ、週末にバンコク近郊の観光スポットへ行くにも、その社有車で回ることが出来ました。近くは「王宮」や「有名な寺院」、郊外では映画“戦場にかける橋”で有名な「クワイ川鉄橋」や「アユタヤの遺跡」、そして南部のリゾート「パタヤビーチ」などを半年位で回りましたが、いくら英語が少し解るとは言え、運転手さんとのコミュニケーションはそれなりに大変ではありました。そんな慣れない国、慣れない環境での生活によるストレスを発散させようと始めたのが「ゴルフ」でした。そして、その後でよく行ったのが、日本人客が多い「有馬温泉」という古式タイマッサージ店でした。そこでの2時間はチップ込みで約1,500円、とても安く至福の時を過ごすことが出来ました。

 

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写真③

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2度目のバンコク暮らし

そうして暮らした最初のバンコク駐在は3年間で終わり、再度シンガポールに戻ったのが1999年でした。その異動も、2年半でシンガポールからバンコクへ移った時の「憂鬱な気持ち」とは違う意味で気乗りがしませんでした。何故ならばその3年間の暮らしですっかりバンコクが「好きな街」になっていたからです。タイ人従業員と共に苦労したプロジェクトも成功し、ゴルフのスキルもそれなりに上達し、タイマッサージも癖になっていた事、それに何と言っても食事やショッピングでもあまり困らなくなっていたからです。

「またいつか・・・」の思いを残してバンコクからシンガポールへ、そしてその後に日本に戻ったのですが、2009年にその「またいつか」が実現したのです。2度目のバンコク生活、勿論それ迄には何回か出張では行っていましたが、生活するのは正に10年ぶりでした。最初の時よりも会社での役割・立場が上がっていた為に、用意されていた住まい、オフィスでの部屋、社有車などがグレードアップされていました。私は日本人が多く住むスクンビット通りにあるサービス・アパートメント、Emporium Suitesの高層階に住むことになりましたが、そこから見下ろすバンコク市街には高層ビルが林立し、この10年で大きく発展した事が分かりました。それでも道路の渋滞や行き付けだった店の雰囲気などは大きく変わってはいませんでした。そこでの2回目の暮らし、特に週末の過ごし方は、やはりゴルフ、アパートの7階にあるプールでの水泳、その隣にあるジムでのエクササイズ、そしてお決まりの古式タイマッサージでした。ゴルフ場はバンコク近郊に数十箇所有りましたが、その中の一つ、Thai Country Clubと、パタヤという郊外にあるSiam Country Clubのメンバーになりました。そこをメインに会社の同僚、取引先やその知人・友人、そのまた知人・友人と、様々なゴルフ好きの方々とのラウンドを楽しんでいました。実はこの頃知り合ったゴルフ仲間の何人かが、後の同好会のメンバーとなるのでした。

 

写真⑥

 

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バンコク生活でのちょっとした恐怖体験

2度目のバンコク生活は2年半程でしたが、その後半には二つの大きな出来事がありました。先ずは2010年の3月から始まった反政府のデモ隊と治安部隊との衝突です。街の中では広範囲に渡って火災が発生し、黒煙が我が家の近くまで迫ってきたのです。これは、デモ隊やそれを支持する民衆が火を放ったとの事でしたが、私たち日本人にはどの人達がその民衆なのかが判りません。その為に街に出ることは危険と判断して家の中に居るようにしていましたが、いつでも脱出できるように荷物をまとめてTVのニュースを注視していました。この事件は日本でも大きく報道されていた為に、現地で見る事が出来るNHKのニュースでその情勢を知る事がその全てで、ここでも言葉の壁の大きさを痛感していました。幸い2ヶ月程で混乱は収まり、生活を続ける上での大きな問題には発展しませんでしたが、今度はその翌年の2011年7月に大洪水が発生し、大量の水がバンコク中心部にまで流れ込んできたのです。アパートの高層階に住んでいた私は、この洪水による直接的な被害の心配はありませんでしたが、通勤やショッピングには少なからず影響が出ていました。そして最も恐れていた事は、洪水の水が引いた後に発生すると懸念されていた伝染病でした。報道によると、水が引くのは3ヶ月後の10月頃とのことでしたので、私の任期が終わる11月が一番危険なのでは?と随分心配したものでした。

 

旅行者としてのバンコク訪問

結局洪水後の伝染病蔓延とのニュースを聞くことも無く、私のバンコク在住生活の終わりの日が来ました。そしてそれは私のビジネスマン生活の終わりの日でもありました。2011年の晩秋に定年退職で帰国し、地元神奈川県でのセカンドライフが始まったのです。気温30度のバンコクから10度以下の日本の冬を迎えた私は、シンガポールやバンコクでの南国生活が本当に懐かしく思い返されていました。そこでバンコクのあのゴルフ仲間達と連絡を取り合って企画されたのが、バンコク在住経験者の同窓会とも言えるゴルフ同好会の定期集会でした。第1回目は2012年の春、その後は年に1回のペースで春に開催されましたが、昨年2015年には春と秋に2回開催されました。勿論私は全ての回に参加する為に毎年バンコクを訪れましたが、その全ては「旅行者」として、であり、現役時代の「在住者」であった頃とは違う立場で懐かしのバンコクを再訪問したのでありました。昨年の秋に訪れた時は、貯まっていたANAのマイレージで交換した特典航空券でのフライトで羽田から飛びましたが、現役時代のようなビジネスクラス利用にはマイルが足りませんでした。宿は以前住んでいた所に近いスクンビット通りの Hope Land Executive Serviced Apartment という所で、プールは勿論、簡単なキッチンやコインランドリーもあって、中・短期滞在の出張者やゴルファーにはとても人気の有る宿でした。従って宿についてはクラスの差こそありますが、在住者時代との大きな違いを感じる事はありませんでした。ただゴルフ場とそこへ行く移動方法には大きな違いを感じてしまいました。先ずゴルフ場ですが、かつてメンバーであった所は料金の値上がりが激しく、ビジターとなった私にとっても、現役の在住者にとっても、今や贅沢なゴルフ場になっていました。また、ゴルフ場へ行くのに在住者時代のような運転手付きの車でという訳にはいきませんので、タクシーを使うことになります。ところが、そのタクシーの運転手とのコミュニケーションの難しさは、かつての社有車運転手とのそれとは比べものにならない程大変でした。あの頃の、少し英語が通じた運転手が如何に有り難かったかと、改めて感謝させられました。その他の違いとしては、マッサージやレストランの料金が高くなっていた事、特に日本料理については10年目との比較で相当高くなっていると感じました。それでも最大の驚きと言っても良い位の違いは、殆どの若い人達がスマートフォンを使っていた事と、高価な日本料理店がいつもタイ人客で一杯になっていた事です。美味しそうな日本料理を食べながら、特選の日本酒を飲んでいるタイ人のグループを目にした後、「タイ人も本当にリッチになってきたのだな~」と、一皿200円程のタイ風炒飯を食べながら、私はそう思っていました。そんな旅行者の視点で見た昨年秋の同好会ツアーでしたが、懐かしい仲間との再会、そしてその彼らとのゴルフ三昧は実に楽しいもので、アフターゴルフの食事会では全員が「あの頃」に戻ったかのような思い出話で盛り上がったものでした。都合により今年の春は不参加でしたが、今から来年のバンコク集結が待ち遠しい限りです。

 

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